浦和地方裁判所 昭和57年(ヨ)290号 決定 1982年6月02日
債権者
株式会社北陸銀行
右代表者
久保田照雄
右訴訟代理人支配人
小川良明
右訴訟代理人
上原豊
同
有吉春代
債務者
商工組合中央金庫
右代表者
影山衛司
右訴訟代理人支配人
宮崎常男
主文
本件申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
債務者の申立てによる別紙物件目録記載の不動産に対する浦和地方裁判所昭和五六年(ケ)第三九〇号不動産競売手続はこれを停止するとの裁判を求める。
第二申請の理由の要旨
一債務者は、別紙物件目録一ないし五記載の各不動産(以下「本件各不動産」又は「本件土地一、二、三、四、本件建物五」と称する。)について、昭和五三年六月三〇日、金銭消費貸借契約に基づく被担保債権額金二〇〇〇万円、順位第一番の抵当権を有しているところ、昭和五六年一〇月一二日、右抵当権の実行として右不動産の競売を申し立て、同年一〇月一五日浦和地方裁判所より競売開始決定がなされ、右競売手続は目下続行中である。
二債権者は、申請外東京エルム株式会社に対する手形、小切手債権を担保するため、同会社との間で昭和五四年七月一六日極度額金二〇〇〇万円(現在の被担保債権の残元金は金一五二八万円)、順位第二番の根抵当権設定契約を締結し、同年同月二三日その旨の登記手続を了した。
三ところが、東京エルム株式会社と申請外田中武との間において、昭和五六年五月一日、本件土地一については、田中を権利者とする在続期間が右同日より五年、借賃一か月一平方メートル当り金二〇円、保証金三〇〇万円、譲渡、転貸及び建物の構築、造成可能の特約がある賃借権が設定され、同年六月三日賃借権設定の仮登記がなされ、また本件建物五については、同年五月一日、田中を権利者とする存続期間が右同日より三年、借賃一か月一棟当り金三万円(敷金三〇〇万円)、譲渡、転貸及び建物周辺の土地利用可能の特約がある賃借権が設定され、同年六月三日賃借権設定の仮登記がなされた。そして、本件土地一上には、右の特約に基づき作業場(プレハブ造、床面積四九五平方メートル)が建築され、田中がこれを占有しているうえに、別紙図面表示のとおり、本件土地二は、本件土地一から公道に出るための通路となるので、右両土地は一体となつて利用され、本件土地一、四上には、本件建物五が建築され、本件土地三は、右各土地、建物から公道へ出るための通路として使用されている。従つて、本件各不動産は、形式的には、賃借権の設定されていない本件土地二ないし四を含めすべて右賃借権の制限を受けることになる。
四債権者は、前記抵当権設定契約締結の際、本件各不動産の価額を合計金三九六〇万円と算定したのであるが、本件競売手続においては、一括の最低売却価額が、右賃借権の存在によつて金一六六八万円と低額に決定されている。その結果、このまま競売手続が続行された場合には、債務者の残債権約金一六六〇万円(元金一二六〇万円、二年分の損害金約四〇〇万円)については、弁済を受けられるが、債権者の残債権については配当金を受け取れる見込みは全くない。しかるところ、右賃借権が存在しなければ、本件各不動産の最低売却価額は、少なくとも合計金二四五三万円となつて、金七八五万円増加するから、債権者は、配当金を受け取ることができる。
五そこで、債権者は、右賃借権が抵当権者である債権者に損害を及ぼすものであるから、民法三九五条但書により、右賃貸借契約解除請求の訴えを提起すべくその準備中であるが、かかる場合、債権者には、本件競売手続を停止する以外、権利の救済を受ける方法がない。従つて、債権者が、右賃貸借契約を存続させたまま、本件各不動産を不当に低い価額で競売させることは権利の濫用であり、かつ適正な価額による競売を実施し、抵当権者の保護をはかるという法の趣旨に反する。
六よつて、債権者は、債務者の右抵当権侵害に対する妨害排除請求権を被保全権利として本件競売手続停止の仮処分を求める。
第三当裁判所の判断
一本件記録によれば、債権者主張の一ないし四の事実が一応認められ、右事実によれば、東京エルム株式会社と田中間において、本件土地一及び本件建物五につき設定された賃貸借は、本件各不動産の抵当権者である債権者に損害を及ぼす短期賃貸借であると一応認められる。
二債権者は、本件各不動産に右の賃借権が存在するため損害を被る後順位抵当権者がいるのにかかわらず、それを無視して先順位抵当権者である債務者が、その抵当権実行としての競売手続を続行、終結させるのは権利濫用であり、法律の趣旨に反すると主張するが、抵当権は、目的物の交換価値からそれぞれの順位に従つて、優先的に債権の弁済を受けることによりその目的を達成するものであるから、先順位の抵当権者に、右の目的を逸脱する等特段の事由が存在しない限り、ただ目的物に後順位抵当権者に損害を及ぼす短期賃貸借が設定されているというだけで、当該競売手続において、できる限り早期に自己の債権の満足を得たいという先順位抵当権者の利益が制限されなければならない法律上の理由はない。仮に、かような場合、先順位抵当権者の競売手続の続行が許されないとすると、先順位抵当権者は、自らは短期賃貸借の解除請求の訴えを提起できない場合でも、後順位抵当権者の行う右訴訟が確定するまで(それも専ら後順位抵当権者の訴訟の成り行きまかせとなる。)、自己の債権の満足を得られないこととなり、その結果、生じる損害については、これを甘受しなければならなくなる。しかし、これは、かえつて先順位抵当権者の権利を不当に侵害するものであるといわざるを得ない。
この点を本件についてみると、債権者の抵当権が前記短期賃貸借の存在によつて損害を被るというだけで、債務者の抵当権実行に、抵当権の目的を逸脱する等特段の事由が存在するとの主張もないし、その疎明もないから、債務者の抵当権実行に基づく本件競売手続の続行が権利濫用となり、法律の趣旨に反するとの主張は理由がないものといわなければならない。
三よつて、債権者の本件仮処分申請は、結局被保全権利の疎明がないことになるので仮処分の必要性等その余の点に触れるまでもなく理由がないからこれを却下し、申請の費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(友田和昭)
物件目録<省略>